相手の気持ちは、こちらで決められない
あなたは、相手の気持ちを想像しすぎて疲れたことがありますか?
みなさん、こんにちは。
踊る!清少納言リカ@札幌です。
今日は、人間関係の中でときどき起きる、
相手の気持ちを、こちらで決めてしまうこと
について書いてみたいと思います。
誰かの言葉や態度を見て、
きっとこう思っているに違いない。
私のことを、こう見ているに違いない。
あの人は、こういうつもりで言ったに違いない。
そんなふうに考えてしまうことがあります。
もちろん、そう感じるには理由があるのだと思います。
過去に嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。
何度も我慢してきたのかもしれない。
相手の態度に、引っかかるものがあったのかもしれない。
だから、
「そんなの思い込みだよ」
と簡単に片づけたいわけではありません。
ただ、ひとつだけ思うのです。
私が思っていることは、私の考えであって、
相手の本心そのものではないのかもしれない、と。
式部「また少し難しいところへ入っていったな」
リカ「そうなのよ。人間関係って、相手の言葉より、自分の想像で疲れることがあるじゃない」
式部「相手が何を考えているか、勝手に脚本を書いてしまうのだな」
リカ「そう。それで自分がその脚本に傷ついていることもある」
ある職場で見た、同じ思い込み
以前、ある会社にキャリコンとして関わっていたときのことです。
そこで、責任者の方と若いスタッフさんの間に入ることがありました。
その若いスタッフさんは、高畑充希に少し似ていたので、ここでは「みつきちゃん」と呼ぶことにします。
みつきちゃんは、私から見ると、とても可愛らしい普通の20代女子でした。
でも、責任者の方から見ると、少し気になるところのあるスタッフだったのだと思います。
あくまで、責任者の方から見て、です。
私はその二人の間に入って、まあまあてんてこまいになったことがあります。
なぜかというと、この二人が同じことを言っていたからです。
責任者の方は、
「自分は別に、あの子のことを嫌っているわけじゃない。
でも、あの子は俺のことを嫌っていると思う」
と言う。
一方で、みつきちゃんも、
「私は別に、あの人のことを嫌っているわけじゃないです。
でも、あの人は私のことを嫌っていると思います」
と言う。
私はその話を聞きながら、
え?
と思いました。
二人とも、自分は相手を嫌っていないと言っている。
でも、相手は自分を嫌っているに違いないと思っている。
つまり、どちらも、
自分は何とも思っていない。
でも、相手が自分を嫌っている。
という物語の中にいたのです。
式部「両者、同じ脚本を握りしめておるな」
リカ「そうなのよ。しかも主役は自分で、相手は敵役」
式部「なかなか苦しい舞台である」
リカ「観客席の私はてんてこまい」
その前提で見ると、全部そう見えてくる
本当のところ、相手がどう思っていたかは、相手にしかわかりません。
でも、少なくとも私の前では、二人とも同じことを言っていました。
自分は嫌っていない。
でも、相手は自分を嫌っている。
この状態になると、相手の言葉や態度が、全部その前提で見えてしまいます。
普通に話しかけられなかっただけで、
「ほら、やっぱり避けられている」
と思う。
忙しくて返事がそっけなかっただけで、
「やっぱり嫌われている」
と思う。
目が合わなかっただけで、
「やっぱり私のことが嫌いなんだ」
と思う。
でもそれは、相手の本心を見ているというより、
自分の中で作った物語を、相手に重ねて見ている状態なのかもしれません。
そして、その前提で相手を見るから、態度も少しかたくなる。
態度がかたくなると、相手もかたくなる。
するとまた、
「やっぱり嫌われている」
と思ってしまう。
これが、人間関係の怖いところだなと思いました。
相手の気持ちを決めてしまうと、
目の前の相手ではなく、
自分の中で作った相手と話すことになってしまうのです。
相手を敵役にしてしまう不幸
私はこのとき、しみじみ思いました。
相手の気持ちを、勝手にネガティブに決めつけることの、なんて不幸なことか。
もちろん、不安になることはある。
過去の経験から、そう見えてしまうこともある。
相手の言い方や態度に、引っかかることもある。
でも、まだ確認していない相手の心を、
「きっと私を嫌っている」
「きっと悪く思っている」
「きっと敵なんだ」
と決めてしまうと、目の前の人は、もうその瞬間から敵役になってしまう。
式部「心の中で配役が決まってしまうのだな」
リカ「そうなのよ。相手がまだセリフを言う前に、悪役にしてしまう」
式部「それは相手も困るな」
リカ「そして自分も苦しい」
なんでみんな、そんなにネガティブに相手を敵役にしてしまうんだろう。
私は、けっこう本気でそう思っています。
相手の気持ちなんて、こちらにはわからない。
どうせわからないなら、少し好ましく変換してもいいのではないかと思うのです。
どうせ想像するなら、少し明るいほうへ
「あの人は私を嫌っているに違いない」
ではなく、
「あの人も、今ちょっと余裕がないのかもしれない」
とか。
「私のことを悪く思っている」
ではなく、
「まだお互いに慣れていないだけかもしれない」
とか。
「敵だ」
ではなく、
「もしかしたら、ただ不器用な人なのかもしれない」
とか。
そうやって、相手を少しだけポジティブに変換すると、人間関係はだいぶ楽になる気がします。
少なくとも、私はそうやって生きています。
そして、これは画面の向こうのあなたには、なかなか伝わらないかもしれません。
実際の私に会ったことがない人には、
「何をそんなに自信満々に」
と思われるかもしれません。
でも、私はわりと本気で思っています。
私の周りにいる人は、幸せな人が多い。
私は、人にラッキーを呼ぶ人だと思っています。
リカ「私といると、みんな幸せになれるんだよ!」
式部「急に強めの自己紹介が来たな」
リカ「でも本当にそう思ってる」
式部「それくらい言い切れる人のそばにいると、たしかに少し運が良くなった気はするかもしれぬ」
リカ「でしょ?」
式部「ただし、圧はある」
リカ「そこは否定しない」
先に味方だと思ってみる
これは冗談だけではありません。
人を敵役にして見るより、
人を味方かもしれないと思って見るほうが、
自分の態度も少しやわらかくなる。
自分の態度がやわらかくなると、相手の態度も少し変わる。
そうすると、関係がこじれる前に、ほどけることがある。
もちろん、全部をポジティブに見ればいいという話ではありません。
嫌なものは嫌でいい。
距離を取ったほうがいい相手もいる。
無理に仲良くしなくてもいい。
ただ、相手の心を勝手に決めるなら、
せめて最初から敵役にしなくてもいいのではないかと思うのです。
「あの人は私を嫌っている」
と決めてしまう前に、
「あの人にも事情があるのかもしれない」
と思ってみる。
「あの人は冷たい」
と決めてしまう前に、
「ただ不器用なだけかもしれない」
と思ってみる。
それだけで、自分の心が少し楽になることがあります。
相手の心は、相手のもの
相手の気持ちは、こちらで決められません。
どれだけ考えても、想像しても、
相手の心の中に入ることはできない。
わかるのは、
私はそう感じた。
私はそう受け取った。
私はそう思った。
そこまでです。
相手が本当にそう思っているかどうかは、また別の話です。
式部「つまり、自分の考えと相手の本心を混ぜるな、ということだな」
リカ「そう。そこが混ざると、だいたい苦しくなる」
式部「では、相手の心を勝手に書くときは、せめて悲劇にしすぎるな」
リカ「そういうこと」
相手の本心は、相手のもの。
私の感じ方は、私のもの。
その二つを分けて考えるだけで、人間関係は少し変わるのかもしれません。
どうせ想像してしまうなら。
どうせ人の心を読もうとしてしまうなら。
私は、少し明るいほうに読んでみたい。
相手を敵役にするより、
味方かもしれないと思ってみたい。
そのほうが、たぶん人生は少しラッキーに進む。
私はそう思っています。




壮大なる勘違いってありますね。
「相手は不器用かもしれない」と思ってみる。
わたしは自分が不器用なのに、相手に対してはそう思えず…笑
肝に銘じます🙈笑
お互いに相手は嫌いじゃないが、相手は嫌ってると思うって、漫画やドラマだと、そのあと恋に発展しそうですが😂、現実は現実ですもんね😅
想像力の使い方、無意識のうちにネガティブになることもあるから、気をつけようと思いながら今出勤してます🙂↕️